Bar美術の扉
イギリス・ロココ美術
18世紀初頭までイギリスの絵画を支えてきたのは、ホルバインやヴァン・ダイクなど外国人画家たちでした。
そしてこの時代になってようやくイギリス人によるイギリス絵画が登場します。
しかしフランスのロココ趣味とはかなり違います。
「イギリス絵画の父」と呼ばれるウィリアム・ホガースの辛辣な風刺の利いた教訓的な風俗画は、新興の市民階級に絶大な人気を博しました。

こちらは「当世風の結婚」という6枚の風刺画シリーズの2番目の作品です。
結婚生活の一場面を描いており、登場人物たちの表情や周囲の状況からそれぞれが異なることに関心を寄せている様子がうかがえますが、この絵はお互いに興味がなく、別々に楽しんで朝を迎えた夫婦に、召使いが呆れている絵です。
ロココ美術が流行った時代、結婚は貴族の家柄で早いうちから決められるもので、自由な恋愛とは別とされていました。そのため結婚していても実際には愛のない夫婦や別の愛人が多くいたとされ、ウィリアム・ホガースはこうした風刺画をよく描いています。
レノルズはロイヤル・アカデミーを設立し初代院長となります。

「ウォルドグレーヴ伯爵家の令嬢たち」
そしてゲインズバラは1つの絵画の中で、風景画と肖像画を両立させた人物です。
彼は風景画を愛していたものの、当時は肖像画の方が人気であったためお金を稼ぐためにイヤイヤ肖像画を描いていたといい「肖像画は金のために、風景画は楽しみのために描く」と言っていたと伝えられています。
理想と現実の狭間で苦悩したゲインズバラは、風景を描くために、肖像画のモデルの人物を戸外に立たせ、肖像と風景を同時に描きあげました。

こちらの代表作である「アンドリューズ夫妻」では、モデルの夫妻の姿は画面の左端に追いやられ、キャンバスの右半分は、アンドリューズ夫妻の領地である田園風景の描写に費やされています。
またゲインズバラは当時よりも1世紀ほど前にあたる、バロック時代のヴァン・ダイクの影響を強く受けていました。
※ヴァン・ダイクはイギリスに渡って宮廷画家として活躍したフランドル出身の画家です。

この絵はイギリス国王チャールズ1世の肖像画ですが、このバロック時代のヴァン・ダイクの絵が、大自然の中でリラックスする人物という、後世のイギリス肖像画のスタイルを打ち立てたのです。