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この後の絵画の歴史の流れを理解する上で、宗教改革という出来事はとてもは重要になります。

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この宗教改革とはキリスト教のカトリックを批判した人々がプロテスタントといわれる宗派を生み出したことです。

のちにカトリック教会の総本山となるサン・ピエトロ大聖堂の膨大な建設費のために、贖宥状というものがばらまかれ、これに対し抗議する人=プロテストをする人→プロテスタントが生まれ、これが1517年のルターの宗教改革へと発展します。

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では細かく解説していきます。

あらすじでもお話ししましたがかつてのローマ帝国の国教がキリスト教です。

そして東ローマ帝国と西ローマ帝国に分裂することで、キリスト教の中の宗派として東方正教会とカトリックと呼ばれる宗派が生まれます。

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そしてこの西ローマ帝国はその後、現在のイタリア、フランス、ドイツになります。

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そして16世紀、イタリアのローマにて。

のちにカトリック教会の総本山となる立派な教会、サン・ピエトロ大聖堂を建設したい→しかしこれを建設するためには膨大なお金が必要でした。

(補足:サン・ピエトロ大聖堂があるこの場所がバチカン市国となるのは1929年です)

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そこでお金を集めるために、これを買えば罪が浄化され天国に行けるというお札「贖宥状」を売りに出します。

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しかしそれはおかしいという人が出てきてカトリックのやり方に抗議を始めます。

抗議する人=プロテストをする人→そして新しい宗派のプロテスタントが誕生します。

これが宗教改革です。

プロテスタントはカトリックの権威を否定し、「一人一人が神様と向き合ってお祈りをすれば良いんだ」「わざわざ神父を通すことはないよね」と考え方が変わってきます。

プロテスタントの人達は高い地位に甘んじてお金儲けをする聖職者を否定し、「同じキリスト教徒なのに地位があるのはおかしい!」「上下関係なんてないよね」という考え方です。

なのでプロテスタントにはローマ教皇のようなトップがいません。

またこの後の絵画の歴史の流れで重要となるキーワードとして、プロテスタントは【偶像崇拝禁止】です。

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流れを1枚にまとめました。

キリスト教の三大宗派が出揃います。

小さくて見づらいかもしれませんが上の2/3部分は先ほどのスライド2枚をそのまま持ってきて繋げたもので、追加しているのは右下の紫の宗教改革の部分です。

宗教改革により現在のドイツやオランダなどに新しい宗派のプロテスタントが生まれます。

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イタリアの最盛期すなわちルネサンスが開花したイタリア美術の最盛期から宗教改革によって衰えていくイタリアというような流れになります。

そしてこの後、別名後期ルネサンスとも言われるマニエリスムへ繋がります。

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