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Bar美術の扉
写実主義の誕生
1848年の二月革命(一つ前のロマン主義でドラクロワが描いた民衆を導く自由の女神がその時の絵です)によりフランスでは国王が亡命し、共和制による臨時政府が成立します。
共和制の理想を実現しようとする動きは美術にも及び、サロンにも日常的で現実的な事柄をテーマにする写実主義が現れます。
画家たちにとっては労働者のように社会的なテーマが新鮮と映っただけなのですが、体制側には台頭し始めた民主主義の象徴のように受け止められました。
(そこで「社会的写実主義」と呼ばれたりしますが、本当の社会的(派)リアリズムはもっと後に出てきます。)
また、18世紀後半のイギリスに始まった産業革命は19世紀中頃までにフランスにも広がり人々の生活に大きな変化を与えました。
機械によってたくさんの製品が作られるようになり、蒸気機関車が登場して各地に鉄道が敷かれます。

1825年、世界最初の鉄道であるイギリスのストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の開業
この産業の発達で社会は豊かになりましたが、新しい問題も発生しました。
街に工場が増えると、たくさんの人々が農村を捨てて都市に集まります。工場の経営者は、多くの製品を安く作るために、そうした人々を低い賃金で働かせました。こうして貧しい人と富める人との差が大きくなっていったのです。
このような変化の激しい時代を反映して、19世紀の中頃に新しい美術の動きが始まりました。写実主義の運動です。
写実主義の画家達は過去の美術や空想の世界にとらわれず、身近な現実をありのままに描いていきます。
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